病態
筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは、運動を司る神経(運動ニューロン)に障害が起こる病気です。運動ニューロンを介した脳からの指令が伝わりにくくなるため、徐々に全身の筋肉がやせて、筋力が低下していきます(図1)。一方、運動ニューロン以外は障害されにくいため、感覚や自律神経の症状などは目立ちません。
図1
患者数
2009年度の調査では、日本のALS患者の有病率は10万人あたり9.9人と推計され、全国では約1万人の患者さんがいることになります1)。 60〜70歳台で発症することが多く、患者数は高齢化にともない、増加傾向にあります。予後は3〜5年とされていますが、個人差が大きく、発症後1年以内で亡くなられる患者さん、10年経過しても生存している患者さんがそれぞれ1割ほど占めています。
原因
はっきりとした原因は分かっていませんが、タンパク質の分解不全、グルタミン酸による神経毒性、RNAの代謝異常、小胞体ストレス、酸化ストレス、神経炎症などがALSに発症に関与しているとされています。またALSの10%の患者さんでは、家族歴がみられ、そのうち約半数の患者さんの原因遺伝子が同定されています。
症状
運動ニューロンが障害されるため、手足を動かす筋肉がやせ、力が入らなくなってきます。また呼吸する筋肉も低下するため、息苦しさを自覚するようになります。さらに飲み込みにくい、呂律も回りにくい、といった口の周りの症状もみられます。その他、倦怠感、不安・うつ、不眠、痛みなどを訴えることもあります2)。
治療薬
経口薬のリルゾール、注射剤のエダラボンがあります。リルゾールにより数ヶ月程度の延命効果がみられ、エダラボンでは、延命効果は不明もALSの進行を遅らせることが分かっています。だだし両者とも筋力の低下や、やせを改善する効果はありません。
一方で、現在世界中で50前後のALS治験が実施されているとされています。その中でも核酸医薬やiPS細胞作成技術を用いての創薬などが注目されています。
治療方法
薬物治療以外では胃瘻造設、人工呼吸器やサイバニック治療などが挙げられます。ALS患者では体重が減少すると病気の進行が早くなることが分かっており、十分な栄養を摂ることが重要です。また安全に胃瘻造設をする観点から、呼吸機能が低下した場合は、経口摂取が可能であっても、胃瘻を造設することが推奨されています。
人工呼吸器は非侵襲的人工換気療法(NIV: non-invasive ventilation)と気管切開人工換気療法(TIV: tracheostomy invasive ventilation)の2種類があります。NIV使用によりどの程度生存期間が延長されるかは十分に分かっていませんが、患者さんのQOLや睡眠障害、呼吸機能低下抑制を改善するといった報告があります。そのため呼吸苦を自覚する少し前から導入するのがよいとされています。TIVに関しては、一度導入すると本人が希望しても外せなくなるという倫理的な問題があります。導入の有無は、病初期から、多職種の医療スタッフと、本人、家族や介護者で時間をかけて決めていくことが重要です。
ALSでは残存機能維持のため、リハビリテーションを行うことが重要です。本邦では、身体に装着するHybrid assisted limbⓇ(HALⓇ)医療用下肢タイプが保険適応になっています。私どもは、このHAL治療により、ALSの患者さんの下肢運動機能が短期間では改善し(図1)、長期間(約1年間)でも維持されたことを報告してきました(図2)3,4 )。歩行機能障害はALS患者のADLやQOLを低下させるため、HAL治療は非常に有効であると考えております。またHAL治療の適応は、“10m以上安全に自立歩行はできないものの、介助または歩行補助具を使用して10m以上歩行が可能な患者”が対象になります。そのため歩行障害の症状が出現した早期から開始することが重要です。
そのほか、コミュニケーションの障害に対しては、文字盤、タブレットやパソコンなどを導入します。ALSは病気の進行がはやいため、早期から多職種で連携しながら診療することも重要です。
図2 HAL治療1クール(全9回、頻度2-3回/週、1-2か月間)前後での比較。
2分間歩行距離、10m歩行テスト(速度、歩幅、歩行率を評価)、ALSの運動機能評価尺度(ALSFRS-R)、Barthel Index(BI)、機能的自立度(FIM)、努力性肺活量を観察し、解析。その結果、平均歩行距離は治療前の73.87mから治療後89.94m(p=0.004)に改善し、10m歩行の歩行率の平均値も、治療前の1.71から治療後1.81(p=0.04)へと改善した。なお有意差は観察されなかったものの10m歩行における速度や歩幅も改善傾向を示し、ALSFRS-RやBI、FIMは維持される傾向を示した。
図3 HAL治療3クール(約1年間)前後での比較。
2分間歩行距離、10m歩行テスト(速度、歩幅、歩行率を評価)、ALSの運動機能評価尺度(ALSFRS-R)、Barthel Index(BI)、機能的自立度(FIM)、努力性肺活量を観察し、解析。症例数の少なさにより有意差は観察されなかったものの平均歩行距離は3クール経過後に平均16.61m (p=0.21)伸びました。また歩行率 (1秒間の歩数)は平均1.3歩 (p=0.02)増え、こちらは顕著な改善効果を示しました。HALを使った歩行運動により2分間歩行距離の数値が維持された一方で、HAL下肢タイプの対象とならなかった嚥下機能や上肢の能力などを含むALSの運動機能評価尺度であるALSFRSRがALSの進行と共に低下したことを表している。
解説:狩野 修
東邦大学医療センター大森病院脳神経センター(脳神経内科)
診療部長、教授
- Doi Y et al. Prevalence and incidence of amyotrophic lateral sclerosis in Japan. J Epidemiol. 2014
- Hirayama T et al. Investigation of non-motor symptoms in patients with amyotrophic lateral sclerosis. Acta Neurol Belg. 2022
- Morioka H et al. Robot-assisted training using hybrid assistive limb ameliorates gait ability in patients with amyotrophic lateral sclerosis. J Clin Neurosci. 2022
- Morioka H et al. Effects of Long-term Hybrid Assistive Limb Use on Gait in Patients with Amyotrophic Lateral Sclerosis. Intern Med. 2022