装着型サイボーグ“HAL”

球脊髄性筋萎縮症

概要

球脊髄性筋萎縮症(spinal and bulbar muscular atrophy: SBMA)は、成人期に運動機能の低下を発症する遺伝性神経筋疾患であり、筋肉の運動を司っている運動ニューロン(神経細胞)のうち、下位運動ニューロンとよばれる神経細胞が侵されます(図1)。

 

図1 SMBAと運動ニューロン

 

わが国ではKennedy-Alter-Sung病と呼ばれることもありますが、国際的にはSBMAもしくはKennedy diseaseと呼ばれています。男性のみが発症し、女性は無症状あるいは生活に支障のない極軽微な運動機能の低下をきたします。頻度は人口10万人あたり1〜2人と推定されており、本邦では2000から3000人の患者さんが存在すると見積もられていますが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など他の疾患と誤って診断されていることや、SBMAの原因である遺伝子の異常を有している方がこれまで考えられているよりも多い可能性があることも指摘されています。

 

病態・原因

SBMAの原因として、男性ホルモンの働きに関与するアンドロゲン受容体(AR)の遺伝子の配列が、一部、異常に伸長してしまっていることがわかっています。遺伝子とは、人の体のいわば設計図のようなもので、G、A、T、Cの4種類の物質が並んでいて、その並び方によって暗号となっています。複数の遺伝子が記録されている構造体である染色体は、2本ずつペアになっており、父親から1本、母親から1本受け継ぐことによって成り立っています。ヒトは22本の常染色体を2セットと、2本の性染色体(女性はXX、男性はXY)をもちます。遺伝性の病気は、病気型の遺伝子がこの染色体とともに受け継がれることによって遺伝します。SBMAの原因となるAR遺伝子はX染色体上にあるため、X連鎖劣性遺伝形式(伴性潜性遺伝)で受け継がれます(図2)。

 

図2 SBMAと遺伝

 

アンドロゲン受容体(AR)の遺伝子の配列の中に、C-A-Gの繰り返し配列が含まれています。このCAGの繰り返しの数は、正常では9~36の範囲といわれていますが、SBMAの患者では全員38以上に延長しており、繰り返し数が長いほど、発症年齢が若くなることが知られています。このような繰り返し配列の繰り返し数が大きくなることで病気を発症するといったSBMAと同様の現象が起きる病気として、ハンチントン病や脊髄小脳失調症といった病気が知られており、異常に延長した遺伝子から、異常に延長した蛋白質が作られ、神経細胞の内に蓄積することによって、正常の神経細胞の活動を妨げることが、共通する病態と考えられています。

 

症状

主な症状は、四肢の筋力低下・筋萎縮と球麻痺(舌やのどの筋力低下による嚥下障害や構音障害)で、四肢の運動障害は、体に近い部分でとくに強くみられ、動揺性の歩行や起立の困難といった症状としてあらわれます。筋力低下を初めて自覚する時期は30〜60才が多いですが、手指の振戦(ふるえ)や有痛性筋痙攣(こむら返り)、寒冷麻痺(寒冷期の増悪する筋力低下)などがしばしばこれに先行します。経過中、喉頭痙攣(短時間の呼吸困難感の発作)を自覚することもあります。随伴症状として、女性化乳房を高率に認めるほか、発毛の減少、皮膚の女性化、睾丸萎縮などのアンドロゲン(男性ホルモン)の不全症状がみられます。また、重篤な不整脈を起こしうるBrugada症候群に似た心電図の異常を伴うことが知られています。比較的ゆっくりとした進行性の経過をたどり、通常筋力の低下を自覚した時期から10~15年で移動に車椅子が必要となり、球麻痺などに伴う呼吸器感染などがきっかけで亡くなることが多いといわれています。

 

診断

SBMAの診断に関しては、厚生労働省の研究班から診断基準が発表されています。筋力低下、振戦などの症状、緩徐進行性の経過、針筋電図の結果などから判断をすることになっています。アンドロゲン受容体遺伝子の検査(遺伝学的検査)が診断の確実な根拠となります。血液検査では血清クレアチンキナーゼ(CK)が異常高値を示すことが多く、病気の発見のきっかけとなることが少なくありません。その他、肝機能障害、耐糖能異常、脂質異常などの合併もしばしばみられます。

 

治療

SBMAのモデルマウス(遺伝子の機能や病気の影響を研究する目的で遺伝子が改変されたマウスの総称)を用いた研究により、異常に伸長したアンドロゲン受容体遺伝子から作られた蛋白質は、男性ホルモンが存在する場合に、神経細胞の内に蓄積し、正常な神経細胞の活動を妨げると考えられています。これら基礎的な研究の成果に基づき、男性ホルモンの分泌を抑制する薬剤であるリュープロレリン酢酸塩をヒトに投与した場合において、症状の進行を抑制できることが示されました。現在使用が可能な薬剤は、球脊髄性筋萎縮症の進行抑制を効能とするリュープロレリン酢酸塩のみですが、嚥下機能の改善に比して歩行機能の改善が十分ではないという課題がありました。リュープロレリン酢酸塩を使用下に医療用HAL(Hybrid Assistive Limb)によるサイバニクス(神経科学やロボット工学などを融合した新しい研究領域)治療を継続的に実施することによって、歩行機能を改善し長期間維持することができるばかりでなく、血清CKも同時に低下した事例が報告されており、今後は、治療薬にリハビリテーションを組み合わせることでこれまでよりも運動機能を回復させられる可能性があります。


 

解説:山田晋一郎、勝野雅央

名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学