概要
封入体筋炎(以下IBM)は主に50歳以上で発症する原因不明の慢性・進行性の筋疾患です。 筋生検(筋肉の一部を取り出し、様々な標本を作って組織をしらべる)では縁取り空包と呼ばれる筋組織の変性と細胞浸潤に代表される筋の炎症所見がみられ、変性と炎症のどちらが病気の本態であるか結論が出ていません。 免疫が原因となる他の筋肉の病気(例 多発性筋炎・皮膚筋炎)ではその病態の本質は炎症であり、免疫の異常を抑制する治療により、症例によっては完全に症状が回復するのに対して、IBMでは同じ治療でも一時的・部分的な治療効果しか得られず症状は徐々に進行します。 この原因としてIBMでは筋肉内に蓄積する不要なたんぱく質を除去するシステムが破綻しているため、筋線維の自壊(変性)が生じる可能性が示されています。 この変性を支持する所見として筋肉内に神経変性疾患の神経細胞内でみられるような蛋白が蓄積されることが報告されています。1)
患者数
疫学(患者様の統計):本邦のIBMの患者数は1000人―1500人と推定されています。2)しかし1990年代では100万人当たり1.28人であったものが2000年代になると9.83人になるなど明らかに患者数は増加しています。 その原因は日本社会の高齢化、IBMの認知度の向上、生活様式の欧米化などが関与していると思われます。 男女比は1.2:1と男性の割合が多く、初発年齢は64.4歳と報告されています。
症状
初発症状は階段の上り難さなど下肢の症状が74%を占め、嚥下障害は23%と報告されています。 筋力低下と筋委縮は大腿四頭筋や手指の屈筋に著明で左右非対称の事もあります。 筋肉の障害の指標である血清CK(クレアチニン・フォスフォカイネース)は軽度から中等度の上昇がみられます。 本邦の患者アンケートによる結果では各症状の出現時期はしゃがみ立ち不能が発症から4.6年、車いすが7.3年、電動車椅子が13.7年、ペットボトル開栓不能が6.6年、洗顔不能が7.2年でした。3) また重要な症状である嚥下機能障害は初期から出現する場合と晩期まで出現しない場合があります。 嚥下障害の原因は①咽頭収縮筋の筋力低下、②輪状喉頭筋の開大障害③舌骨挙上障害が推定されています。嚥下障害が進行すると摂食量の減少、全身の筋力低下や体重減少に加えて誤嚥性肺炎を併発し易くなるため、治療介入が必要です。
診断
IBMは厚生労働省が指定する難病にあたり、研究班により診断基準が示されています。1) 一般にIBMの診断は専門医でも容易ではなく、初発症状から確定診断まで5年以上を有する事も稀ではありません。 診断はその臨床症状、経過、血清のCK値、筋電図、筋生検などの結果を基に行われます。 また病態・病状の評価のため骨格筋超音波・CT/MRIでの筋障害の評価、嚥下障害に対する嚥下造影検査なども行われることがあります。 臨床症状や血清のCK値からIBMを疑った場合次の検査を行います。 筋電図は筋肉に針を刺す検査ですが、筋肉自体の障害を示す筋原性変化に加えて、筋肉を動かす神経が障害された際に出現する神経原性変化を思わせる所見が混在することもあり、その解釈には経験と知識が必要となります。 筋生検は筋肉の一部をとる検査で侵襲的ですが確定診断には必須の検査とされており、特徴的な筋病理所見がみられることで確実な判断に至ります。 鑑別すべき疾患として他のタイプの筋疾患(ある種の筋ジストロフィーやミオパチー、多発性筋炎)や神経原性の筋委縮・筋力低下を呈する筋委縮性側索硬化症などがあげられます。
治療
残念ながら確立された治療方法がないのが現状です。 また下記に述べる免疫グロブリン大量療法(IVIg)やステロイド、免疫抑制剤などは現時点で保険収載されていません。
ステロイドは多発性筋炎では有効な治療ですが、IBMでは一時的なあるいは進行抑制を示した報告はあるもののいずれも少数例の検討です。 IVIgについても否定的な報告は多いものの嚥下障害や筋力低下に有効とのいくつかの研究があり、本邦でも試みられることがあります。4) 免疫抑制剤も単独での有効性は示されていませんが、メトトレキセートとanti-T cell globlinの併用で有効性の報告があり5)、シクロスポリンないしタクロリムスがステロイドとの併用で治療効果を認めた症例報告があります6)。
嚥下障害に対しては輪状喉頭筋に対するバルーン拡張術や外科的な離断術が行われることがあり嚥下のし易さや誤嚥性肺炎の予防に効果があるとされています。
治療研究: 骨格筋が萎縮するメカニズムとしてマイオスタチン、アクチビンの2つの物質が関与していることからこれらのタンパクを抑制する抗体療法が試験的に行われました。 短期的には運動機能や筋力の向上が報告されたbimagrumabの長期(104週)2重盲検試験の結果では残念ながら期待された治療効果は認められませんでした。7)
一医療機関あたりの患者数は少なく大規模なリハビリテーションの効果はしめされていませんが、これまでの報告をまとめるとおおむね最大筋力の50-80%の負荷をかけたトレーニングで少なくともCKの上昇はなく(筋の障害が進展せず)安全性は高いと考えられます。 本邦ではロボットスーツHAL(Hybrid assistive limb)を用いたリハビリが保険適応となっており岡部らの報告では5例のIBM患者に対しHALを用いたリハビリを行い、全例のCK値の低下と歩容の改善を報告しています。8) 有効な治療が確立されていない現在、リハビリテーションは重要な要素と考えられます。
解説:原 一
ウェルケアはら脳神経内科
院長
引用文献
- 封入体筋炎 診療の手引き:厚生労働省 難治性疾患等政策研究事業 希少難治性筋疾患に関する調査研究 班 封入体筋炎分科会
- Suzuki,N et al Increase number of sporadic inclusion body myositis (sIBM) in Japan Journal of Neurology 259, 554-556,2012
- Suzuki,N et al Multicenter questionnaire survey for sporadic inclusion body myositis in Japan. Orphanet J Rare Dis 11,146,2016
- Cherin P, et al. Long-term subcutaneous immunoglobulin use in inflamatory myopathies: A retrospective review of 19 cases. Autoimmun Rev 15(3) 281-286 2016
- Lindberg C, et al. Anti-T-lymphocyte globulin treatment in inclusion body myositis :a randomized pilot study. Neurology 22,61(2) 260-262 2003
- Quatyccio L et al. Treatment of inclusion body myositis with cyclosporin-A or tacrolimus: successful long -term ,management in patients with earlier active disease and concomitant autoimmune feature Clin Exp Rheumatol Mar-Apr25(2) 246-251 2007
- Amato AA et al. Efficacy and safety of bimagrumab in sporadic inclusion body myositis Neurology Mar 23;96(12) e1595-1606 2021
- 岡部憲明ら 封入体筋炎に対するHAL医療用下肢タイプを使用した歩行運動療法の効果. 総合リハ 第49巻2号(2月号)185-189 2021